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「暇人」になりたくて農業の道へ。試行錯誤を楽しみながら前進してきた 『ないとう農園』の歩み

大宮
「暇人」になりたくて農業の道へ。試行錯誤を楽しみながら前進してきた 『ないとう農園』の歩み

主に野菜と固定種苗の生産販売をする『株式会社さいたま五つ星野菜』を運営する内藤圭亮さん。

そのほかにも『首都圏土壌医の会』の理事、『さいたま有機都市計画』の副代表を勤め、2023年の9月には生ごみの堆肥化をツールとして場作りやコミュニティ作りの可能性を考える『DOJOYラボ』を農家仲間と共同で立ち上げた。

着実に農家としてのキャリアを積み重ねているように見えますが「人に比べてかなりゆったりとしたペースです」と話す内藤さんに、ここまでの歩みや経営において大切にしていることを中心に話を伺った。


10年目での法人化と正社員雇用

――本日はよろしくお願いします。まずは内藤さんの現在の主な活動について教えてください。

内藤さん :『株式会社さいたま五つ星野菜』という農業法人を経営していまして、
事業内容としては少量多品目での野菜の生産販売をメインに、固定種(※1)の苗(※2)の生産販売も行っています。

そのほかにも様々な地域の土壌の状態を調査・研究する『首都圏土壌医の会』の理事やさいたま市近辺の若手有機農家でさいたま市の有機農業を盛り上げようと結成された『さいたま有機都市計画』の副代表を勤めています。

それと最近、生ごみの堆肥化をツールとして場作りやコミュニティ作りの可能性を考える『DOJOYラボ』を農家仲間と共同で立ち上げました。

(※1) 実った野菜から種子を採ることでその性質を代々受け継いできた種のこと
(※2) 種子から芽を出して伸びた、移植用の幼い植物のこと

――農業に関わるさまざまな活動をされていますが、元々は個人事業主として始められたのですか?

内藤さん : そうですね。2011年から「ないとう農園」という屋号で野菜の生産販売を開始しました。

基本的には法人化した今でも野菜の販売についてはそのまま「ないとう農園」の屋号を使っていたり、苗の販売は「NAÉ de Bio」という屋号を使用しています。
法人であることでお取引がスムーズにいく場合もあるので、そのときは社名の「さいたま五つ星野菜」で販売していますね。

――状況によって社名や屋号を使い分けているのですね。法人化されたのはいつ頃なのでしょうか?

内藤さん : 2021年に法人化して今年で4年目です。

もともと僕が野菜の栽培と収穫をし、袋詰めや配達を妻とパートさんにお願いしていました。
その体制だと、自ずと日々の売上も限界に達してきてしまい、一緒に栽培と収穫を行ったり農園全体を把握したりできる正社員さんをを雇用したいと考えるようになってきたんです。
雇用される側にとっては、
やはり会社として色々整備されていた方が魅力的だろうなと思ったことがきっかけで法人化しました。

現在は約5ha(ヘクタール)の畑で野菜の生産販売しています。

――おお、すごい規模感ですね。さいたま市付近の有機農家さんで法人化して正社員の雇用をしている方はあまりいないですよね。

内藤さん : 今のところそうですね。
でも法人化まで10年かかっていますからね。かなりゆったりとしたペースかと思います。
さいたま有機都市計画などの周りにいる他のメンバーだったら、多分半分くらいの期間でやれるんじゃないですかね(笑)


「自給自足」の生活に憧れ農業の道へ


――そうなんですか。ぜひ内藤さんのここまで14年の歩みをお伺いしたいのですが、まず農業に興味を持ち始めたのはいつ頃なのでしょうか?

内藤さん : 高校生ぐらいのときから、漠然と将来は「暇人」になりたいという想いがありまして(笑)

僕の中で農家さんは、座りながら草むしりをしたり結構な頻度でお茶休憩したりする印象があって。
その様子を見て当時の僕は、すごくマイペースで自由でいいなぁとなんとなく憧れの気持ちを持っていたんですよね。

大学は元々興味があった地理学科に進み、「農業地理学」(※3)という学問を専攻している先生のゼミに入りました。

(※3) それぞれの農業の特色を地域的に把握し考察する学問

爽やかでマイルドな辛さが特徴的な「ビキーニョとうがらし」

――それは農業への興味から?

内藤さん : それも若干ありつつ、一番ゆるそうだったので(笑)。

――暇人になりたい想いがそこにも(笑)ゼミではどのような活動をされていたのですか?

内藤さん : フィールドワークで一件一件農家さんにアンケートをして回りながら、特定の地域の農業の経営実態を調べていました。

僕は卒論で、ある地域の有機農家の経営実態を調べることにしたんですよね。

そのうちの一人の農家さんが自給自足をされている方で。
家を自分で作ったり、食べ物も全部自分で育てるか、そこらへんに生えているものを採集していたんです。

こんなふうに生きている人がいるんだと思って衝撃的だったんですよね。
自由気ままな生き方に惹かれて、大学を卒業後その人のところに1年間住み込みで研修させてもらうことにしたんです。

栽培技術、農業機械無しからのスタート

―― 研修はいかがでしたか?

内藤さん : すごく大変だったのですが、僕にとっては全てが新鮮で楽しかったです。

田んぼを開墾したことがあったのですが、まだ機械も入れられないような場所だったので、スコップで木の根っこを排除したり。開墾した後に水路を作るために川を堰き止めたり。
普段の生活ではガスがないので、料理をするときに毎回火を起こすことから始まりました。

―― すごい。今では体験できなさそうなことばかりですね。

内藤さん : そうなんですよ。
農業自体は自然農で野菜を育てていたので、不耕起の畑にタネを撒いたらあとは基本的に自然の力にお任せという感じでした。
なので研修では栽培技術も植物生理もなにも身につけられなかったのですが、自然と触れる面白さや大変さを体感することができました。

技術や知識は後からいくらでも学べると思うのですが、文明の利器などに頼らず「ただ生きる」しんどさをこんなにも味わえる一年は後にも先にもなかったですね。

僕の農業人生で一番大変だったのは間違いなくこの研修でした。

―― 研修後、すぐに個人として農家に?

内藤さん : そうですね。畑を探し始めた矢先、実家があるさいたま市のお隣、伊奈町でたまたま10aの畑を借りられそこで野菜の生産を始めました。
親類や周囲に農家の知り合いもいなく、ほぼすべてを手作業でやる研修先のやり方しか僕は知らなかったこともあり他の農家さんが当たり前に使っている、これがないと成り立たないみたいな農家のアイテムもほとんど持っていないところからのスタートでした。
その上、種は固定種のみ農薬や化成肥料はもちろん有機肥料もビニールマルチも使わないみたいな制限を自分にかけていましたね。

今から思えば当然なのですが、最初は全然野菜が取れなくて。
だんだんと、育てているのに野菜が取れないということは、罪なことかもしれないと思うようになりまして。


―― どうしてそのような気持ちになっていたのでしょうか。

内藤さん : 機械や使い捨ての資材は使わないですが畑に通うための車のガソリン代はかかるし、どうしても一定の環境への負荷がさけられない以上、ある程度の成果を残さないといけないなと感じるようになりました。

そうじゃなければ僕自身が新規で農業なんか始めないで、すでにやっている人の野菜を食べたほうがよっぽど環境にいいと思ったんですよね。

自然農の考え方は好きでしたが、徐々に自分の縛りを緩くして有機肥料や固定種ではないF1品種(※4)の種も使い始めました。
そこから少しずつではありますが、活動の規模が拡大していった感じはありますね。

面白いことに、こだわりが捨てられず固定種しか作らなかった当時より、固定種の割合を減らした今の方がよっぽど絶対量として固定種の野菜を流通できるようになっています。

(※4) 狙った性質を顕著に引き出すために人為的に交配された種のこと

―― 順調に規模を拡大させていく中で、苦労したことはありましたか?

内藤さん : 技術の面で言えば、独学でしたが試行錯誤を楽しみながら出来ていましたね。
だからこそ人より時間がかかったのかもしれません。

当時は今のように新規就農者に対する補助金がまだない時代でしたが、実家暮らしということもありお金の面もなんとかなってましたね。

トラクターや耕運機もなく、クワでずっと耕してたので、体力の面では結構きつかったかもしれません。

売り上げの増加につながったある取り組み

―― その辺りが楽になった要因はありますか?

内藤さん : 本当に最近のことですが、正社員さんを雇用して働き方が大きく変わりました。

人手に関していうと農業を初めた5年目くらいのタイミングで結婚し、妻が仕事を手伝ってくれていて、妻の出産を機にパートさんの採用もしました。

それでも人手が足りなくてほとんど休みなく働いていたのですが思い切って正社員を採用したんです。
これまでより作業スピードが格段に速くなりました。
それは二人になったから単純に2倍というわけではなく、それ以上であったため、僕自身もようやく休みがとれるようになりました。

うちのような自転車操業で回している会社で雇用したり定休を設けることは不安で勇気がいるのですが、結果的には売り上げもちゃんと増加しました。

あと、今まで栽培は一人でやってきましたが、何かを決めるとき相談できる相手がいることは、精神衛生上良いなと感じています。

固定種で、珍しい黒色の「浜黒ピーマン」



――正社員の雇用は多くのメリットがあったのですね。他にもここ数年で新しく取り組んだことはあるのでしょうか?

内藤さん : 法人化を機に色々腹を括り借金をして、畑を買ったり、冷蔵庫を導入したり、馬力の大きなトラクターを買ったりしました。

―― それは大きな決断ですね。

内藤さん : つい最近も借金をして機械を購入し、効率を高めないと対応できない案件があったんです。

合計2haほどの耕作放棄の田んぼを、ある方から盛り土して畑に整備するから借りてほしいといわれまして。
盛り土した畑は傾斜面が多くなり、通常の畑より管理コストが格段と高いんですよね。
ですが、離農者が増えている現状を踏まえると、今回のような耕作放棄地を誰かが管理する必要があると思いまして。

「スライドモア」というトラクターにつけて傾斜の草刈りができるアタッチメントがあれば管理コストを下げることができ、こういった案件にも対応できると思って導入したんです。

おかげさまで借金があるうちは仕事が辞められなくなっちゃいましたが。笑
でも辞める気もないから、やっぱり借金したほうがいいぞとも思いましたね。


―― 借金することが出来たからこそ取り組める案件だったのですね。機械を新しく導入することで効率が高まることは結構ありそうです。野菜の販売面では、何か意識されていることはありますか?

内藤さん : 7~8年前くらいまでは基本的には直売所での販売を主にしていましたが、だんだんとインスタグラムの投稿を見た方が、野菜セットを発注してくれたり、飲食店さんとのお取引も増えてきました。

その他だと基本的に野菜を出荷場まで取りに来てもらったり、運送業者さんを通して発送したり、自分らで配達するにしても配達料をちゃんともらうことを意識していますね。最初の頃は野菜を一所懸命つくって一所懸命売れば生活出来ると思っていたのですが、それではずっと大変なままなんですよね。

値付けの面では、相場にあまり引っ張られないように、自分はこれでいくんだというような値段設定をしています。
直売所などに卸していた最初の頃は売れないこともあったのですが、根気よく続けていたら今ではほとんど売り切れるようになりましたね。

―― そのほかに最近取り組んでみて良いなと思ったことはありますか?

内藤さん : 主な活動で少し触れましたが、固定種の苗を専門で販売する「NAÉ de Bio」という事業を2022年から始めました。
4〜5月限定で夏野菜の固定種の苗を自宅(土日のみ)やオンラインショップで販売したり、ふるさと納税の返礼品として出品しています。

実は現在流通している野菜のほとんどがF1種から生産されています。
F1種は固定種と比べて野菜の味や大きさ、収穫量が安定しているというメリットがあるのですが、F1種の野菜から種採りをして育てても親(種採りした野菜)と同じ形質にならず、どんな形のものができるかもわかりません。そのため、結局農家は毎年種苗会社から種を購入することになります。

また、F1種の多くはPVP品種登録(※5)なのでそもそも自家採種した種や、その種から育てた苗や作物は販売・譲渡が禁止されていまして。(自分の畑で育て、自宅で消費する分に限って自家採種が許容されている)さらにF1種を扱う権利を、農家ではなく種苗会社が保持しているんですよね。
種苗会社の事情により種の生産が行われなくなった場合に野菜の生産ができなくなる可能性があり、これは危うい構造だなと感じています。

―― 固定種はF1種と比べると自由に扱えるのでしょうか。

そうですね。固定種はPVP品種登録を除いて、その扱いに関してはかなりの自由が担保されているため、誰でも気軽に種採りに取り組めるのが魅力です。

そこで家庭菜園をされていて先述のような構造に課題感を持っていたり、
固定種の種採りに興味を持っている方向けに、固定種の苗の販売を始めました。
各々で種を採取してもらい、いざというときにその種を農家に分けてもらえたら嬉しいなと思っています。

固定種の苗を販売しているところが少ないためか、遠方からも購入しに来てくれる方もいらっしゃいまして。
ちゃんとニーズがあることを実感できていて、取り組みを始めてよかったなと思っていますね。

(※5)  種苗法の登録品種(または出願中)のこと。この表記のある種苗を育成者の許諾なく業として利用(増殖、譲渡、輸出入など)する行為は、損害賠償、刑事罰の対象となる場合がある。

―― それはすごく面白い試みですね。今後取り組んでいきたいことはありますか?

内藤さん : 原点回帰というか、そろそろ暇人になりたいなと思っています。
今はなんだかんだ忙しいんで(笑)。
休むことが結果的に売り上げにつながったり、新たなアイディアが生まれるきっかけにもなると思うので。

あとは別の農園に研修にいったり働きに行ってみたりしたいなぁと思います。
それは相当暇な証ですからね。


―― たしかに、それは時間がないと出来ないですね(笑)。これからの活躍も楽しみにしています。本日はありがとうございました。

ないとう農園

〈インタビュアー・文・撮影:菊村夏水

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